酔っ払い(雑纂)
ふだん、意識の水面に浮かび上がってきたたよりなげな言葉などというものを用いて、私たちは交流をする。 数寄屋橋辺のフレンチで、やわらかな鴨肉をよく味わいつつ咀嚼をする味覚であれ、冬至からしばらく経って取り出し、たしかめる、外套のカシミア地に手…
想念は、いつも清らかさを裏切らないものだから、私たちの生活はイメージを思い描いてしまえばしまうほどに、みじめたらしく、猥雑で、自堕落だ。紙くずが畳の上に散らばり、コーヒーカップの内側はたいていは黒ずんでいて、抜け落ちた髪の毛は、フローリン…
都会の街場に出て、いろいろなひとと会って、話をしていると、彼は彼のバイアスのなかに生きていて、私は私のゆがみきったバイアスをもって、語っている、……。私たちは互いにかけちがう命運にあるのであり、同意や、納得や、双方の価値観のすりあわせのよう…
ページを更新するごとに微増していく電子書籍の印税をみていると、自分は一体なにを求めているのか、わからなくなっていく。それは私は十代のころから、小説家なんどになりたいとおもって来ていたのだったから、身体の底部から、わからなくなっていってしま…
tabelog.com SNSは書籍やCDのための金を稼ぎ、メシの写真を載せる以外の使いみちをしないのが、ベターだとおもっている。だいたい、フランツ・カフカが日記にこんなことを書いているヒマがあったか? 明日、死ぬかもしれない帝国下に生きて、自作をめぐ…
文章を書くというのは基本的には、野蛮な営みである。つまり、知的であるということとはまったく反対方向を向いた、文化的ならざる営み。 なぜ、そうなったのかというと、書くべきものなどすべて、書き尽くされてしまっているためである。 うたうべき情感が…
推敲は、原稿を実際に書いていく行程よりも、ともすれば時間をつかう行程であり、すくなくともひどく憂鬱な行程である。 できたばかりの初稿段階の文章は、ボロボロのズタズタであるのがふつうである。誤字脱字が散見されるのはともかく、てにをはがなってお…
スティーブ・ライヒの音楽のモチーフが「不在」であると知った時に、先にやられてしまった、とすごく悔しかった。 私は、「本格小説」に重きを置くいわば近代的人間であったから、「現代文学」的なるものとなんとか折り合いをつけていくためには、そうした側…
二十代の貧乏していたころ、ドサ回りの贔屓の落語家を追いかけて千葉や、山形に出向いていっては、あれ、チケットをとったはいいものの金がないじゃないか、となったりして、一番安い雑魚寝の宿で、カップラーメンに湯をそそいだり、DJのしごとで東京に出…
海辺の町で、海岸へと出る道を歩いていながら、あるいは繁華街の喧噪を逃れた宿で、毛布にくるまった瞬間にでもいいが、こうしている今もどこかで暴力は続いておりだれかがレイプをしているのだという、冷厳な事実が、しんと冷え切った、真っ暗な予感となっ…
葬儀でかけてもらいたい曲、という大テーマ、「お題」というやつがあるが、なんにもヒネらずに率直に答えてしまうと、私の場合、ハイフェッツのなにか、ということになる。バッハの無伴奏や、ブラームスではどうも速すぎるから、折角だからベートーヴェンの…
これは数寄屋橋公園を横に抜けて、インズの横手にいまもある喫煙所がまだ、コンテナ式ではなかったころの話なのだが、もうもうとけぶる吸い殻棄てに水をやり、地べたに転がっている煙草を一本、また一本と拾い集めながら棄ててやっている、アラサーくらいの…
じき十年もすれば町の書店はなくなる、のだそうだ。 そんなことはどうだっていい、とつくづく思う。 新宿の紀伊國屋の本店がなくなったら、大事件であるし、八重洲の本店とかは残っていて欲しいのであったが、書店という場所は私はめっきり、キライになった…
私は解離の人間であるから、むかしは、いわゆる幽霊を家のなかでばんばん見ていたものであったし、ドナ・ウィリアムズのノンフィクションにあるような精霊が話しかけてくるといったことも日常であった上に、眠る時に天井の木目をかぞえているうち自然と体外…
パートナーに短編小説を読ませて、文意がつかみ取りにくいところ、誤字脱字があるところに付箋をはってもらいながら、ふと、強くおもったのだが、読者というのは本当に怖いものだ。 私は書きたいように書きまくっていたいし、だれにも求められることのないう…
まったく、毎日が大混乱の日々を送っている。自分で望んで、自分でそのようになるようレールを敷いたのだったから、「まったく」もなにもないものだけれども。僻地、福島県郡山市だというのに、私の周辺だけ、歌舞伎町みてえに、ネオンの向こうに役所がみえ…
新宿の紀伊國屋書店のすぐ横手の「ディスクユニオン」のクラシックコーナーで、安い現代音楽とか、無伴奏ヴァイオリンとかをあさりながら、友人と合流してメシを食ったり、映画館を観に行ったりする、という流れがあって、そういえば新宿ではもっぱらゴジラ…
書きたてほやほやの自作の短編小説では、危篤状態になっても母親を見舞いに行かない選択をする、男の物語を書いたばかりだというのに、人生なんていうのはおもう通りにはいかないものだし、こちとら気分次第、分裂症、なんていっちゃなんねえ、滅茶苦茶で生…
われら人間たちの人工物でありわれら人間たちを魅了する、金貨で金貨を買収する空騒ぎがおわったのちに、なにもない時代、なにも変わらない時代、長い長い余白の時代が、半世紀も過ぎて、この嵐のあとの静けさはもう静けさではない、たしかに静けさから耳を…
いかに私、ひとりが悪態をついていても無駄だ。 そもそもが、ときおり世界は美しいのだと、そう私に感慨を迫ることがある、それを私はどのように屈託をして、嗟嘆をして、たとえば地方のメシのまずさにぶちキレながらも、知っていた筈だ。 たとえばある昔の…
じゃあきょうは、――友人にさらりと訊かれたことを切っ掛けにして、前の日のモテる、モテない、みたいな世にもくだらない文章を書いたわけだけれども、もうちっと、建設的にそれを敷衍していこうか。 とはいえ、まあ、といったところから。 たしかに、社交術…
この歳になってふとおもうのだが、小説なり、本をひとよりも読んでいることや、本を読んでいることによっていろいろなテクニカルタームだとか文学史的な知識を身につけていることって、くだんないと(ふと)おもう。ふと、というこの「ふと」にはこれまでは…
また、きょうから二百枚の中篇に取りかかる。 師匠。 師匠は、成長はゆっくりやって来るといったが、たしかに、いかなることも成長となりうる、そうだったのかもしれない――。すくなくとも私たちはいかなることからも学ぶことは可能だ。 だが酷く心ぼそくなる…
本格小説(上) (新潮文庫) 作者:美苗, 水村 新潮社 Amazon [新装版]血と骨(上) (幻冬舎文庫) 作者:梁石日 幻冬舎 Amazon P+D BOOKS 宣告 上・中・下巻 合本版 作者:加賀乙彦 小学館 Amazon 本格小説、というタームがSNSのタイムラインに流れてきて、お…
パイプっていうのはいいぞ。 大麻やってんじゃねえのか、って誤解を受けるリスクはあるけれども。 風情がいいもんだ。 なによりも、紙巻きの煙草とちがって、パイプっていうのは粘膜で吸うから、酒を飲んでいる時なんかに重宝するんだね。 私なんて胃弱だか…
浅田彰もどこかで言っていたけれども、マルケスって全然、いい作家とおもわない。いかにもノーベル文学賞って感じだし。 いろいろあるが、ひとまずマジックリアリズムについては、カフカが草分けだろう、と私は考えているのね。 ハプスブルク帝国下のチェコ…
シラフだからふと考えた。 死ぬことになった時にこのじぶんが食いたい、と云っているもんとは一体なんであろうか。 サッポロ一番でも食っていろ、というのは無しで。 オーバカナルのパナッシェなのだろうか。 病身かなんか、なのだろう、死ぬってこたぁ。 酒…
拝啓 台風一過、貴館におかれましては益々ご健勝のことと存じます。 過日、福島県の小説家鬼生田貞雄について、電話にて調査ご対応いただいた伊藤千広でございます。その節はたいへんお世話になりました。 電話にておはなし申し上げていた大原富枝「鬼生田さ…
今夜、すベてのバーで 〈新装版〉 (講談社文庫) 作者:中島らも 講談社 Amazon 私の文学史: なぜ俺はこんな人間になったのか? (NHK出版新書 681) 作者:町田 康 NHK出版 Amazon おもえばパンクって生ぬるい。 まだ、手ぬるい。 かもしれない。 ロックやポップ…
批評精神のはたらきと、小説を書く(書いてしまう)はたらきとは、おなじ文章のかたちで表現されていっても、まったく別々のところから出てきた、まったく別々の性質の文章なんだということ、これは忘れてはならないことだ。 今みたいなSNS時代では、なん…